【エッセイ部門 優秀賞】 鳥の巣

鳥の巣

私立白陵高等学校 第1学年 志摩 光咲

私は家の庭の木をぽかんと見上げて、鳥の巣はこんなにひっそり出来てしまうものだったのか、と感慨にふけった。松の木の上にどっかりと、カラスほどの大きさの鳥が使える巣が乗っている。今まで私が見たことのある鳥の巣のどれよりも大きく、そしてどれよりも我が家の近くに作られた巣だった。私は嘆息した。喜びのあまり、飛び跳ねてそこら中を一周したい気分だ。私は小さい頃から生物が好きで、文芸部と生物部を兼部している。生物部ではよく山にフィールドワークに出かけるが、ただの一度も鳥の巣なんて見たことがなかった。ましてやカラス級の大きさの鳥なのだ。喜ぶなと言う方が私にとっては酷である。先程まで、私を休日の惰眠から引きずり出した母を恨んでいたが、今は感謝してもしきれないくらいだ。家の中から、今度は弟をたたき起こしている母の声が聞こえてきた。我が家の壁は 意外と薄い。
それにしても、と私は首をひねった。鳥の巣があったら、誰かが気が付くだろう。親鳥だって来るはずだ。ただの一度も気が付かずに、巣が完成されてしまったのかと思うと、少し悔しかった。弟が玄関から出てきて庭の松を見、最初の私と同じような顔でぽかんとしているのが、何だか滑稽である。笑ってしまうと、弟に寝起きの目つきの悪さで睨まれた。
「何の巣か分かる?」
鳥に詳しい母に尋ねてみるが、母は首を振った。
「鳥の巣なんてそんな見たことないし。分からん」
そのまま私と母と弟の三人で、あーでもないこーでもないと話し合ったが結論はでなかった。外出している父にも、帰ってきたら教えてあげようと思った。巣の持ち主は帰ってこなかった。
しかし、果たして毎日通る玄関のすぐ上の枝にできた大きな鳥の巣に、まったく気が付かないなんてことが起こりうるだろうか。先程も言ったように、巣があれば必ず鳥がいるのだから、その姿を一度くらい見ていたっていいはずである。また、鳴き声だってするだろうし、それが聞こえれば上を見上げるだろう。ちょっと上を見上げるだけで、すぐ視界に入る位置
にその巣はあった。私は急にできた巣に驚いてしまった。何かの陰謀ではないかと思う。そんな訳はないのだが。
そこでふと気がついたのだが、巣を発見できなかったのは、私たちが上を見上げていないからではないだろうか。私たちはみじんも上空に注意を払っていないのだ。思い返せば、私は登下校のために玄関を一日に少なくとも二回は通っていることになる。しかし私の記憶には鳥の巣がないばかりか、玄関の上の風景すらない。私は立ち止まって上を見上げたことがないのだ。
では空を見上げない原因はなんだろうか。地面におもしろいものがあるだろうか。残念なことにアスファルトの地面は興味をそそられるものではない。首が痛いのだろうか。確かにそういう人はいるのだろうが、私はそうではない。
私たちは忙しいのである。いや、忙しいと思っているのである。ふと空を見る、それだけの余裕がないだろうか。玄関で、鳥の巣を発見できないほど時間に追われているだろうか。
答えは否である。私たちは忙しいのではなく、忙しいと錯覚しているだけだ。心が急いているのである。
しかし、そんな状態で、何かなるだろうか。あせりが生まれ、すべきことが早く終わるこ ともあるだろう。だがあせりによってストレスに感じてしまうこともまたあるだろう。
そこで私は空を見上げることにした。空は雲が広がったり小さくなったりしているし、つばめがびゅんびゅんと飛んでいる。案外おもしろかった。
そう思って上を見ていたら、電柱であごを強打した。
空を見るのも考えものである。