【エッセイ部門 優秀賞 兼 PHP エッセイ賞】 寝たきりの僕が高校へ通う日常風景 

寝たきりの僕が高校へ通う日常風景

大阪府立桜塚高等学校 第4学年 大橋 慧士

僕は生まれつきの身体障害者です。常に寝たきりで、何をするにしても周りの人に助けを求めないと生きていくことができない。だけれど今は、定時制高校に通っている。時々体調不良で休みながらも、幅広い年代のクラスメイトと一緒に勉強や学校行事に取り組み、楽しく学校生活をおくっている。
そんな僕は、毎日阪急バスで通学している。偶然、小学校の時の先生やデイサービスの職員さんなど、知っている人が乗って来た時には、一緒におしゃべりをする。数年ぶりに再会 した人とは、それまでの出来事などを報告し合うことができて、とても嬉しい。
夕方、僕はデイサービスからいったん帰宅して、学校に行く準備をしてから介護ヘルパーさんと母と三人で最寄りのバス停に向かう。バスが来たら、まず、運転手さんに降りるバス停を伝え、次に僕が乗れるスペースを確保する為に座席を倒してもらう。そして、スロープを設置してもらいバスに乗り込む。運転手さんによってはスロープを雑に扱う人もいて、嫌だ。早く出発したいのは分かるけれども、そういう態度をされると自分が悪いことをしているような気がして不快に思う。そもそも、スロープの固定の仕方や取り出し方が色々ありすぎて、やり方が分かりにくいのか時間がかかる一番の原因だと感じる。スロープの設置方法を統一して、安全で簡単な方法を作ることができたら運転手さんも楽になるだろうし、僕たち 車椅子利用者も気持ち良く乗ることができると思う。
目的地までの間に、阪急豊中駅のバス停がある。駅前ということもあり、広くて乗りやすく、利用する人も多い。サラリーマンや、塾通いの子どもたち、お年を召した方々や、様々な障害を持った人たちもいる。
その中に、視覚障害を持った人がいる。その人は、三十歳前後くらいの男性だ。サングラスをつけて、白杖を持っている。身だしなみもしっかりしていて、耳には補聴器らしきものをつけていている。「阪急曽根駅通るか?」と同じ列に並んでいる人に聞き「行くよ」と言われると、白杖を使いながら慣れた感じでバスに乗ってきた。バスの乗り口から真っ直ぐ歩いて来ると、僕を座席だと思って「ここに座っていいかな?」と僕の体をトントントンと優
しく叩き位置を確かめるように触りながら聞いてきた。僕は気管切開をし人工呼吸器を装着して生活をしているので、普通の車椅子と違って長く大きいバギーに寝ている状態である。だから、膝掛けの上から僕の足元に触れ座席だと判断したようだ。僕がどう声を掛けようか悩んでいるうちに、誰かが「違うよ」とその人に教え、運転手さんが案内して他の座席に座った。
その次の週も、全く同じ出来事があった。僕は、再び座られそうになった。この人はきっと、僕が倒して貰ったいつもの座席に座りたかったんだろう。なので、次にこの人が乗ってきたら自分から「僕は座席ではありませんよ」と声を掛けてみようかと思う。「うわっ!座 席が喋った!」と、その人がびっくりしたら僕も周りの乗客も笑ってしまうだろう。
もうひとり、毎週乗り合わせる知的障害を持った青年がいる。年齢は僕と同じくらいで背が高く、真冬でも軽装で、黒い大きなリュックを背負っている。僕がバスに乗るときにはすでに後ろの方に座っていて豊中駅のバス停に止まると跳ねるように歩きながら降りていく。彼がバスに乗っていると乗車時間が短く感じる。彼はいつでも、繰り返し繰り返し何かを言っている。彼の声は、大きく張りがあり、バスの隅々まで響いている。ある時は、良く聞くテレビのコマーシャルで、ある時は好きなドラマなのか、ひとりで数人の会話を演じ分けている。電車のアナウンスをしている時もあった。本人が納得いくまで同じ言葉が繰り返され、次の言葉にはなかなか進まない。彼は途中で降りてしまうので決まって最後まで聞けない のが残念だ。歌を歌っているところは聞いたことがないので、聞いてみたいなとも思う。
去年の春から、定時制高校の四年生に転入して、今年の春に卒業する。これまでの僕は、自宅から直接目的地まで介護タクシーで移動することが殆どだった。今は、公共交通機関を利用して通学している。そこで色々なバス停、色々なスロープ、色々な人々を通じて体験し たことのない事件に遭遇することができるので、毎日が楽しくワクワクしている。
雨の日には、いつもより早めにバス停に行き、路線を変更して屋根のあるバス停で降りるように工夫したり、幼馴染みと一緒の登下校の時はテストの勉強方法やクラスメイトのことやアルバイト先の話を聞いたり、商店街で寄り道しておやつを買ったり、母よりずっと年 上の同級生と校外学習で神戸の街を巡ったり、ごく普通の高校生活を謳歌している。 皆様に主張したい。「重度障害者でも、バス通学は楽しい!」と。