【エッセイ部門・優秀賞】こちら、日の出郵便です。

広島県立竹原高等学校第3学年 松島 智世

こちら、日の出郵便です。

一月一日、この日だけは私は家に居ない。
神社にお参りに行くわけでも、親戚の家で過ごすのでもない。私は一日限りの郵便屋さんとなる。他の誰にも作ることが出来ない、世界でたった一枚のはがきを配るのだ。
始まりは、小学生の時の冬休みだった。家の玄関前で年賀状を待つのが正月の決まりであった私にある考えが浮かんだ。少し遅いけれど年賀状を送ろう、それなら普通なのだがなぜか幼い私は、自分ではがきを作ろうと思ったのである。
画用紙を切り、名前と住所を書く。実際のはがきよりも長さがどれも違っていたり、幅が広かったり、手で破った為紙の断面が粗くシワになっている部分もある。ポストに入れても届くはずがないので、無論自分の足で運ぶ。手袋を付け、いつもはタンスの奥にしまってある青いはんてんを着る。普段の毛糸の帽子は止めて、少しでも郵便屋さんの雰囲気が出るようにと祖父からつば付き帽子を借りた。肩にかけるカバンの中身は自作のはがき数枚、それと飴玉二つ。
久しぶりの外の景色は、一面霜が太陽の光に反射して燦然と輝き、まるで星が降ってきたようだった。唯一隠れていない頬に冷たい空気があたり、走ると口から白い息が流れて段々と消えていくのを見ると、自分が風になっているようで、何処までも行けそうな気がした。はがきは友人に直接渡し、これまでの感謝を伝える。全ての家に回り終えた頃にはすでにお昼となって、私は鳴るお腹を押さえながら帰宅した。
しかし、当時は体が弱く、学校も休みがちだった私は寒さにやられてしまい、その日の内に風邪をひいて倒れ、親にはこっぴどく叱られ残りの休みは布団の中で過ごした。
それでも、町を走ることが楽しいと知れて良かった。徐々に昇り光を増す太陽も、遠くから聞こえてくる鳥の声やチャリンチャリと響く自転車のベル、朝食で作られた味噌汁の匂い、正月独自のゆったりとした時間の流れも、全てが私を魅了した。
その中でも印象に残ったのが、出会う人々の表情だ。孫か息子が帰ってきているのか、いつもより嬉しそうな顔のおじいさん、鼻が赤くなりながらも初詣に向かう家族、新年の挨拶を返してくれた人、穏やかで、でも一年に一度しかない新鮮で温かな時間は、いつまでも忘れられなかった。
カッターナイフで画用紙を正確な大きさに切り取り、赤ペンで線を付ける。付けた枠内からはみ出さないよう、慎重に住所と名前を書き綴る。柄も飾りも一枚たりと同じものは無い。以前と変わったのは作る枚数が増えた位だ。目覚まし時計に起こされるより先に止
めて、祖父から借りた帽子をかぶって、青いはんてんを着、カバンを肩にかける。中にははがきと飴だけだ。何年も続けたおかげか、風邪とは無縁の体になり、無遅刻無欠席が当たり前となった。
「行ってきます」
元気よく家から飛び出して、丁寧にはがきを落としていく。平成二十九年の元日、きっとこれが最後の郵便配達になるのだろう。直接会って、明けましておめでとうと言いに行くのも、初日の出を浴びながら走ることも、もう終わり、けれどそれでもいいのです。
自らが行動することで、世界が広くなることを知ったから、私はもうなんだってできる。
一月一日、私が郵便屋さんになる日、今までの感謝を伝える日。
私が最後に町を駆け巡った日。