【エッセイ部門・最優秀賞】 視線

日本文理大学附属高等学校第3学年 廣瀨 亮太

「視線」
中学校の二年生程の時から私は、自分は人目を引く人間だと思うようになった。とはいっても容姿やファッションに自信があった訳ではない。地域で有名であったということでもない。ただただ他人から注目をされていると思いはじめたのである。
私は中学二年生の時、学校に行くのが非常に嫌だった。毎朝今日がやってきてしまったと絶望し、仕度をし、学校に行こうと自宅の玄関を開け、外に出て一番に思うことは「家に帰りたい」であった。いつもと同じ道を歩いて学校に着くと、長く苦しい一日が始まる。いつものように教室には誰もおらず、一番乗りだとほっとする。しかし、これからが本番である。朝会が近づくにつれてクラスメートで満たされていく教室。そして私が学校を嫌う要因である苦しみが私を襲う。その苦しみとは、
「他人からの視線」
である。
多くの人が経験したことがあるのではないだろうか。大勢の人がいる部屋に入った時の一斉に自分に向けられるあの視線を。私はその視線を学校にいる間ずっと感じていたのである。
しかし、実際そのような視線を向けている人は一人もいない。私のただの被害妄想なのである。当時の私も思い込みであると十分承知していた。承知していたのだが、ひとたび他人と目が合うと、きっと自分のうわさ話をしているんだと思い込んでしまうのである。廊下ですれ違いざまに目が合ったあの女子は私の顔を見て醜いと思ったに違いない。体育の着替えの時私の体をちらりと見たあの男子は心の中で貧相な体だと笑っているに違いない。思えば思うほど、私は大勢から見られていると思い込み、勝手に他人を悪人にしていくようになった。
友達は多くはないが多少いた。優しい人ばかりだった。ただ、その友達とさえ話をするときに、目を合わせることができなかった。相手の顔を見てない時の私はとても饒舌だ。向かい合った時の私は目が泳ぎ、恥ずかしさから顔を真っ赤にして、早口で内容のないつまらない話をするただの変な男である。女子からすればひたすら気持ちの悪い男に見えるだろう。目は口ほどに物を言うといわれるが、会話相手から私はどう思われていたのだろうか。良く思われていなかったことは確かだ。
このような被害妄想や思い込みは、良く言えば思春期、悪く言えば現代でいうところの中二病である。人に相談しようかとも考えた。しかし、返ってくる答えは容易に想像でき
た。
「君が思うほど他人は君に興味がない」
正論である。確かに他人にとっての私の存在といったら、道端の石ころのようなものだ。
道端の石ころに苔が生えていようが気にとめる人などいない。私も自分にそう言い聞かせ
ることで、苦痛を和らげようとした。しかし無理だった。興味がないとはいえ、石ころは
人の視線を受けたのである。そして本能的に他の石ころより自分はおかしい苔の生え方を
していたんじゃないかと思ってしまうのだ。悲しい独り相撲である。
このように私は私の性質を正当化し、無理して直そうとしなくてもいいとこれまで思っ
てきた。だが、社会からすれば、明らかに私が異常なのだ。異常な性質の人間が自分は間
違っていないと、他人に自分を認めさせようとすることは、相手からすればいい迷惑であ
る。
私は高校三年になった今でもこの性質を抜けだせていない。待ち合わせ場所までは、で
きるだけ人目に付かない道を選び、自転車に乗っている時は前方の地面を見て、他人と目
が合わないようにしてしまう。そうした方が逆に注目を浴びそうではあるが。この性質は
これからも私に付いてくるだろう。それはもう逃れられない運命なのかもしれない。嫌な
ことも多かったが、こんな性質だからこそ見える人の弱さや、人との付き合い方を知るこ
とができた。こんな性質だからこそ、他人の痛みに共感することができた。
今は、今の自分が好きだ。中学の頃の自分に言ったら驚くだろう。