【小説部門 優秀賞】  ホーム

ホーム

私立済美高等学校 第3学年 佐野 琳香

私の家に『家族』が増えたのは、小学校に入学したばかりの頃だった。その『家族』は、便利だからと言って両親がいきなり買ってきた家庭用ロボット。お父さん曰く、今やロボッ トは一家に一台の時代らしい。
その時はよく分からなかったけれど、今考えると確かに世の中はロボットを使っている家が多いと思う。最近のロボットは様々な施設で仕事の手伝いをするだけでなく、家事をするお母さんたちを助ける、家庭用のロボットが広まってきているからだ。
ホームと初めて会った時、私は満面の笑みだった、とお母さんは言っていた。多分、家に新 しい家族が増えることが嬉しくて、とても喜んだのだと思う。
初めての会話は、ビデオに撮ってあった。私が若干前のめりになりながらロボットの前に立っている。
「初めまして! わたしは、里奈です!」
「…………初めまして。……私は家庭用ロボット、ホームです。……これから、よろしくお願いします」
今考えると何の変哲もない会話だけど、まだ幼かった私には感動ものだった。機械の腕を動かして手を振り、ヒトでいう顔の部分についたパネルに浮かぶドットの笑顔。それがまるで、普通に友達と話しているように思えたのだ。
ホームは毎日、家で過ごすお母さんからの指示に従ってよく働いた。それを私は面白がって、働いているホームの後をついて歩いたり、話しかけたりしていた。どうにかして仕事を止めて、私と遊んでほしかったのだと思う。
そしてそれは一つ一つ丁寧に言葉を返してくれるホームのせいでもあった。最近のロボットはみんな、持ち主の要望を完全にこなすためにと、高い言語能力が備わっているらしい。 ホームも少し時間が掛かっていたけれどきちんと意味の分かる返答をしてくれていた。(もしかすると今のロボットは、人間よりも上手に会話が出来るのかもしれない。)
「ねぇ、ホームは嫌いなものとかあるの?」
「……はい。……私は水と洗剤が苦手です」
「水と洗剤? どうして?」
「…………私には生活防水と、家事に必要な運動能力が備え付けられています。……でも、多量の水……浴槽に張られた水や雨などは防げません。……洗剤は、運動能力に支障をきた してしまいます」
ホームのモニターは両目が×印になっていた。水と洗剤が苦手、ということ以外は難しい言葉だらけで分かりにくい。お父さんに聞くと、「ホームは洗面所とお風呂、それからキッチンに入れない。雨の日は外に出られない」ということだそうだ。それを聞いた私は、「生活防水」や「運動能力」だなんて難しい言葉を使うホームのことを凄いと尊敬したものだ。
小学校に入って間もない頃だったので、私は家にロボットがいることをたくさん自慢した。同じクラスの友達はもちろん、隣のクラスの子、先生にまで。みんなが羨ましがって私の家に遊びに行きたいと言ったので、たくさんの子を招待した。私は大好きなホームのことを、たくさんの人に自慢したかった。自分のことでなくとも、家にすごいロボットがいることが誇らしかったのだ。
しかし私は子供だ。特別飽きっぽいわけではなかったけれど、ずっと家庭用ロボットと遊んでいることに熱中は出来なかった。

小学二年生になる頃には、私のホームへの関心は次第に薄れていってしまっていた。まだ少し話はしていた。しかしそれは家に来たばかりの頃とは比べ物にならないほどの少なさだ。当然ホームは家庭用ロボット――家事のサポートをすることが目的に作られているのだから、私が話しかけない限り何かを言ってくることはない。私が小学三年生になった頃に は、もう話しかけることはほとんどなくなってしまった。
ホームは常に家にいる。お母さんと一緒に家で家事をしている。だから、私が家にいる間は結構すれ違うけれど、前まではいちいち聞いていた仕事の内容はもう分かりきっていていたし、ホームがこの家に来てから、既に二年が経とうとしているのだから今更面白いことなんて何もなかった。
そんなある日、私がソファーに座ってドラマを見ていると、視界の隅でホームが働いているのが見えた。そういえばお母さんが、買い物に行っている間にお父さんの部屋に掃除機を かけるように言っていた。今からそれをやりに行くのだろう。 掃除機は割と大きな音が出る。省エネモードにしてもらわないとテレビの音が聞こえないかもしれない。そう思うと、私は久しぶりにホームに話しかけていた。
「ホーム、掃除機の音は小さめにしてね」
「…………分かりました」
「あ、ドアも閉めてって!」
「……はい」
私が二つお願いをすると、ホームは静かにリビングを出ていく。しばらくするとテレビの音に混じって少しだけ掃除機の音が聞こえてきた。ホームは私の言いつけを守って、お父さんの部屋のドアも閉めているのだろう。私としては、テレビの音が聞こえたらそれでよかっ たからその時は何とも思わなかった。
それから、一時間くらいした頃だろうか。私はホームのことなど忘れて、お笑い番組に見入っていた。お母さんはとっくに買い物から帰ってきて、私と一緒にお菓子をつまんでいる。
そんな時にいきなり、何かが落ちたような大きな物音がした。私は驚いて、閉まっているドアに目を向ける。……そういえばホームが掃除をしていた、とここで思い出した。
「どうしたの、ホーム? ……ホーム!」
お母さんがお菓子を食べるのをやめて、リビングを出ていく。私も後を追ってお父さんの部屋まで行った。ドアから部屋を覗き込むと、そこには机の上のランプが床に落ちていて、 電球を覆っていた白いプラスチックが割れて床に落ちている。
「ホーム、どうしたの!」
「…………すいません。……ぶつけた拍子に、落としてしまいました」
そう言ったホームのモニターには、眉毛を下げた表情が映っている。どうやら掃除中に、 身体を机にぶつけてしまったらしい。
「壊れたのはランプだけ?」
「……はい。……他は何も壊れていません」
「なら良かった」
お母さんはほっとした顔をした。ホームが壊れたわけではないと分かったからだろう。ランプを持ち上げたお母さんは、何回かカチカチとスイッチを押している。しかし電池式のそ れは、明かりがつかなかった。
「まあ、もうだいぶ長く使ってたしね……。買い替え時かな」
「…………片付けますか?」
「うん、お願いねー」
机の近くの床には細かいプラスチックの破片が散らばっていた。私は部屋の外からホームが散らばったプラスチックを片付ける様子を見ていた。流石に小さい破片は拾えないから、掃除機をまた起動させている。この時のお母さんと私はホームが壊れていないなら大して困らないと思っていた。再び掃除を始めたホームをちらりと見てから、お母さんを追って 私もリビングに戻った。

単調な時間を過ごしながら、私はついに六年生になった。来年には中学生になることをお父さんは喜び、お母さんはその分歳をとったことを嘆いている。そんな中でそれは突然起こった。 学校が終わると友達と別れて、のんびりと帰った。習い事も遊ぶ約束もなかったから、特に 急ぐ理由もない。 家に帰ると、いつもと違い、パタパタと慌ただしげに家の中を移動するお母さんがいた。畳んだ洗濯物を籠に詰めて、廊下にいたお母さん。洗濯物を片付けようとしているのだろうか。でもそれはいつもホームがしている仕事なのに、どうしてお母さんがしているのだろう。
「ただいま、お母さん」
「あ、お帰りなさい、里奈」
お母さんは私の方を見てにこりと笑う。いつもと同じ出迎えだけど、その手には洗濯籠。最近は洗濯物を干すときにしか使っていなかったそれを持っていることが、私にはとても不思議に見えた。
「どうしたの? それ、いつもお母さんはやってない仕事じゃん」
「そうなんだけどね……。昼にホームが壊れちゃったから、畳んで戻すところだよ」
「ホームが?」
お母さんの口から出たのは、予想していなかった言葉だった。てっきり何か別のことをさせているから、自分がその仕事をしている……くらいかと思っていたのに。 話を聞いていくと二階の廊下を掃除させていたところ、足にコードが絡まって転んでしまい、それだけではなく階段から落ちてしまったらしい。その結果、足は配線が見える状態
でモニターも割れてしまった、とお母さんは簡単に説明してくれた。そして壊れてしまった ホームは今、勝手口の辺りに置いてあると言う。
「直せるの?」
「さあ……。お母さんには分からないわ。とりあえずお父さんには伝えてあるから、帰って きたら見てもらおっか」
お母さんはそう言って、忙しそうに仕事をしに行った。 私はその後ろ姿を目で追った。いつもなら手を洗ってうがいをしたらお菓子を食べよう とリビングに直行するところだけれど、それが考え付かないくらいに衝撃を受けていた。
いつも家に帰ればホームがいた。話すことがなかったとしても、ずっと家にいて働いている様子を見ていた。それなのに、今は働かずに壊れているなんて考えられない。そもそもお母さんが嘘をついているかもしれない。まだ外に行けば動いているかもしれない。お母さんの言葉を素直に受け入れられなかった私は、ランドセルをその場に置いてホームを見に行った。

勝手口は家の裏側にある。家の敷地の中で一番太陽が当たらない、年中日陰の場所だ。そこにホームは座っていた。顔は下を向いていて、胴体に影を落としている。腕も足もダランとしていて、動く様子はなかった。聞いたとおりモニターは割れていて、足は塗装が剥げている上に配線が見えている。いつも何かしらの表情を作っていたモニターは真っ暗でホームが動かなくなったことがよく分かった。試しに電源ボタンを押してみたけれど反応はない。
私はお母さんが言っていた「ホームが壊れた」ということを自分の目で見て、やっと理解できた。ホームはロボットだから、動かなくなって電源を入れても駄目ならもう完全に壊れてしまったのだろう。最近の技術は凄いから直るかもしれない、とは思うけれど配線が見えるくらいに傷ついているのだ。完全には直すのは難しいと言われてしまっても仕方ない。 そうやってよくホームを見ていると、今まで知らなかったことにも気がついてきた。ホームの体には細かい傷がたくさんあったのだ。それはよく働いてきた証拠でもあるし、私たちが 手入れをしていなかった証拠でもある。私はそれが少し心苦しく思えた。
「…………今までありがとう、ホーム」
今更何を言われても、ずっとお母さんに従って仕事をこなしてきたホームは、何も思わないだろうなと思ったけれど、私の口からは感謝の言葉が自然に出ていた。もちろんホームから言葉が返ってくることはなかった。

夕方、お父さんが帰ってきた。するとすぐにお母さんはお父さんにホームを見てもらっていた。私はまたホームを見るのが辛くて、リビングで一人待っていた。
ガチャリと音がしてドアが開く。お父さんとお母さんは割と早く部屋に戻ってきたみたいだった。私はすぐにホームがどうなってしまうのか、と聞こうとしたけれど、それよりも 早くお父さんが私に話し始めた。
「里奈、ホームはもう直すのが大変だから、今から新しいのを買いに行こう」
私は、頭の中が真っ白になるのを感じた。というか、それしか感じられなかった。お父さんとお母さんが何か話し始めたみたいだったけれど、お父さんのその言葉より後は何も私に届いてこなかった。
それからしばらくして、私はお父さんの運転する車に黙って揺られていた。いつの間にか夜ご飯は新しいロボットを買いに行った先で食べることになっていた。お父さんとお母さんは仲良さげにずっと話している。二人の話を聞いている私は、自分のいる後部座席と二人との間がすごく離れているように感じてしまう。それくらいに前の席とは空気が違い、和やかな会話に少しも加わる気が起きなかった。
頭の中に浮かんでいるのは、ホームのことだけだ。最近は少しも話していなかったけれど、考えていることを全部ホームのことにしてしまうくらいに、私はあのロボットを物以上の何かだと思っていたみたいだ。そんなホームを買い替える。その言葉が、私にはすごく不思議に思えた。いや、不思議というか……なんだろう、妙な気持ちになる。何年も話していなかったせいか、モヤモヤしてしまう。
何ともいえない思いを抱えながら車に乗っていると、大型ショッピングモールに着いてしまった。五年前にホームを買ったのも此処だったと、お母さんは懐かしげに話している。
それを聞きながら、ゆっくりと車を降りる。すると、建物を照らすたくさんの光が私の目に飛び込んできた。それは全部LEDライトを使っていると言われても不思議じゃないくら い、ものすごい眩しさだった。
ロボットが売っているのは、二階の端にある大きな家電量販店。昔はロボットが店で大々的に売り出されていることなんてなかったみたいだけれど、今はこれが普通だ。私からしたら、それ以外に何を置いていたのかの方が気になってしまう。……それくらいに家庭用ロボットは世間のほとんどの家にいるのだから。
私たちは家庭用ロボットのスペースに行った。そこにはもちろん沢山のロボットがいた。でも、どれもこれも私の家にいたホームより新しいものばかりだ。お父さんは機能性重視と言い、お母さんは壊れにくさ重視と言って、次々にロボットを見ていく。私はどのロボットを見ても、ホームのことを思い出さずにはいられない。右も左も、後ろも前もほとんどロボットだから、自然と視点が下がってしまうのは仕方ないと思う。
そんな私を心配しているのか、お母さんは足を止めて声をかけてきた。それに合わせてお父さんも止まり、こちらを見る。
「里奈? どうしたの?」
「………………なんでもないよ」
「そ、そう? じゃあ里奈も選ぼう?」
「ごめんな、里奈。でも家庭用ロボットがいないとお母さんが大変なんだよ」
きっと、お父さんもお母さんも善意しかないんだと思う。でも私はそれに対して頷けなかった。黙ってうつむく私を見て、お父さんもお母さんも諦めたように歩き始めた。
お父さんは私が新しいロボットを買うことに乗り気じゃない理由はなんとなく分かっているみたいだった。それでも生活の便利さに変えられるものではないと思っているから、新しく選ぼうとしているようだった。そう考えながら、私はまたゆっくりとついていく。この年で家族に置いて行かれて、迷子になるのは嫌だからだ。それでも進む速度が上がることは 一向になかった。
そんな時にふと、私は目線を上げた。そこにあったのはポスターと一機のロボットだった。
ポスターには、文字と新しい感じのロボットが描かれていた。
「あなたもロボットを家族にしませんか?」
その文字を口にしている風のそのロボットは、いい笑顔で笑っている。吹き出しの中の文字と、その表情が何かを訴えかけてきそうだ。そう思えたのは、その前にある商品らしいロボットのせいだろう。ホームよりは新しい、けれど最新の何世代か前の型。そのロボットの棚に貼り付けてある値札は、黄色い紙に赤い文字で在庫処分と書いてある。それでも売れるかは何ともいえないのではないだろうか。旧式よりも新式は機能が向上しているだけではなく、増えていて更に使いやすくなっているのだから。

結局私は、お父さんとお母さんが熱心にロボットを見ているのを何も言わずに近くで見ているだけだった。 お父さんが箱に入ったほぼ最新型の新しいロボットを台車に乗せて車へと運んでいく。
ご飯は運び込んだ後になるみたいだ。私は空腹を訴えて鳴るお腹を押さえて駐車場へと急ぐ。中で待っていればよかったのだろうけどそうする気は何故か起きず、お父さんたちの後をついて行くことにした。
お父さんとお母さんが車に新しいロボットを積み込んでいる間、私は周りを見渡していた。そこはやっぱり光が煌々としていて眩しい。それを遮ろうと手を目元まで持っていくと、不思議とショッピングモールがはっきりと見えた気がした。既に空も真っ暗で、建っている大きな建物に私は圧倒されて呆然とするだけになってしまう。五年前、お父さんたちがホー ムを家に連れてきた時もこんな感じだったのだろうか。
「里奈? ご飯食べに行くよ?」
「早く行くぞー」
積み込みが終わったお父さんとお母さんが通路に出て私を呼んでいる。いつの間に積み込みを終わらせたのだろう。私は慌ててそちらへ小走りで向かう。
「ごめん、早く行こう!」
そう答えるとお父さんたちは安心したらしい。今までの様子がいつもと違ったからだろう。私はいつものように笑って、お母さんのそばへ行った。最近はお父さんとお母さんの間に立つのはなんだか嫌だなと思っていて、その立ち位置にしている。お父さんは寂しそうだったけれど、気付いていないフリをする。もう私は来年中学生なのだから、恥ずかしいってことも分かっているだろう。
……家に帰ったら、ロボットの手入れ方法をしっかり確認しよう。お父さんとお母さんに任せきりにしないで、私がメンテナンスを忘れないようにしよう。だってロボットは誰かの 家の、『家族』になりたがっているかもしれないのだから。