【小説部門 最優秀賞】 逆子

逆子

私立聖ドミニコ学院高等学校 第2学年 高橋 亜弥

ああ、こんにちは。お久しぶりです。
お変わりないようで良かった。お忙しいでしょうに、無理言ってすみませんでした。あ、こちら、新しいマネージャーの鈴木さん。お茶淹れて貰うんでちょっと待っててくださいね。
今日なんて寒くありませんでした? わざわざ申し訳ないなぁ。雪は、……まだ降ってないですか、ならよかった。今日傘持ってくるの忘れちゃったんですよね。
そうそう、前の記事の評判スゴかったですよ。だから今日もすうごく楽しみにしてたんです。ライターさんのまとめかたがお上手だと、なんとなく上手いこと言ってるように見えるものなんですねぇ。ほんとに最近お忙しいんじゃないですか? 一昨日もなんだか取材に 行っていらしたでしょ。北海道? まぁこんな真冬に!
あ、ありがとうございます。鈴木さん、お紅茶すっごく詳しいんです。香りが全然違うでしょう。若い女性が淹れたお茶しか飲めないとか抜かしている殿方に飲ませて差し上げたいわ。あ、そうですね……あんま時間取らせちゃアレなんで早速始めちゃいましょうか。えーっと、この間のMVの話からでしたっけ。もうご覧になってくれたんですね、嬉しいなあ。ありがとうございます。
びっくりしませんでしたか? あはは、やっぱり。ええ、そりゃあね、胸を出しての撮影自体に抵抗が無かったかと言われたら嘘になりますよ、勿論。マネージャーからもすごくごねられましたからね。マ、最後は押して押してどうにか実現、って感じだったし。……恥ずかしくなかったか? いやいや、なんで恥ずかしがらなきゃいけないんですか? 変な事おっしゃらないで。抵抗って胸を出す羞恥とかじゃなくて、理解が得られなかったら嫌だなぁってことですよ。自分がどれくらい受け入れて貰えるか図れないからこその不安、みたいな。
そもそもですよ、女性の胸は隠さなきゃいけないなんて誰が決めたんです? 女性だから? マァ皆さん大体そんなところでしょうね。私、その価値観がよく分かんないんです。ちなみに製作意図は、意図って言えるかはわかりませんが、私の分からないことへの問いかけってことにしています。私が当たり前に思っていることを否定される理由が分からないから。それだけ。うふふ。そもそも、頼んでもいないのに勝手にエロ認定されてるって意味不明じゃないですか。女性の身体は女性のものだし、私の身体は私のものです。誰がそんなことを言い出したにしろ、ええまったく、甚だ迷惑な話ですよ。腕も脚も胸も皆一様に付いているのに、なんで女だけ胸を隠さなきゃいけないんですかね。目も鼻も口も同じです、全開なのに何も言われないじゃない。……炎上? ああ! もうモノスゴイ量のコメント来ましたよ。メモしてきたんです、あんまり衝撃的なものが多かったのでつい。
えーと、「女子高生がなんてはしたない。失望しました、ファン辞めます」「JK生乳エロ!やべーマジ抜けるわ。オカズどうもっす!」「何カップ?」「露出しなきゃやってけないなんて堕ちたな」「悲報 ワイの推しアイドル、AV女優に転身」「流石炎上売名まんさん(笑)」 ……いやあ、すごいですよね。皆私の胸を消費しようと必死なの。胸ですよ、胸。乳房。腕出してもエロいなんて言われないのに、胸出しただけでこれですよ。逆に面白くなっちゃう。身体中どこも同じ皮膚なのに位置がずれてふくらみがあるだけでスッカリ皆おかしくなってしまうんだわ。何故でしょうね、多分コレ私が男だったらなにも言われてないでしょう。ああ、最初からこうなるのは予想していたのであまり落ち込みませんでしたよ。私と同じ考えを持つ人が少しでも呼吸しやすくなってくれる事だけを考えているので。無理に理解し ろなんて野暮なこと言いません。
つい最近別件で炎上したときも――個人的にはなにが問題か分かってないんですけど――だいぶ驚きました。好きなドラマがあって、ほら、この間最終回だった月9。あ、ご覧になってました? ほんとに面白かったですよねぇ、次回作とか出ないかな。それの主人公のお医者さんと助手のお兄さんいたでしょう。終盤でふたりの心がやっと重なる演出に……、そう! A先生の手術をBくんが担当して、目覚めたとき二人が涙を流す、っていうシーンです。それにもうスッカリ感動しちゃって。私めちゃくちゃに泣きながらSNSに「最後のシーンでA先生のBくんへの愛情がすごく伝わった!」って投稿したらマァご覧の通りの大炎上。涙も乾いちゃいますよこんなの。A先生とBくんはホモじゃないですとか、役者さんに失礼ですとか、配慮が足りないとか、なんかそういうことを四方八方から、すり潰されちゃうんじゃないかってくらい散々言われました。もう目が点ですよ。一体私は今なんの話をされているんだろう? って。なんで二人の間に愛を感じたって言っただけであんなに 怒られるんだろう。不思議でしょうがない。そう思いませんか?
それで、色々調べていたら、Bくんと同期のCちゃんのことを「くっついてほしい!」って言っていたモデルさんはなーんにも言われてなかったのでますます分かんなくなっちゃいました。役者さんに限らず、他人を使って性的な想像をすることは駄目ですよ勿論。私がされたら鳥肌モノですし。でも私は役者さんじゃなくて「A先生」と「Bくん」の話をしているんです。性的な関係を持ってほしいとも言っていないし、ましてや役者さんのことなんて一回も言ってないし。あ、もしかしてこれって、二人が男同士だったから怒られたんですか? だとすればすごく差別的なことじゃない! 性的指向が明らかになっていない人間を異性愛者扱いするのはOKで同性愛者扱いするのはNG、要はそういうことですよね。……もっと根本的に言えば、私は性愛的な意味で愛情と言ったんじゃないんですけど。愛はいつから生殖に付随するようになったんだろう……、生殖の存在しない愛はとても素敵だと思うのだけれど。胸の話といい私の分からないことだらけで困っちゃいます。だから空気読 めないって言われるのかな。
なんだか私の疑問解決相談会みたいになってますよね、やだ、ごめんなさい。ちょっと最近あんまり多いからキャパオーバーしちゃってるみたい。両親にこんな話したらすっごく怒られちゃうんです。なんでお前はこんな簡単なことも分からないんだ、って。だから不快 にさせてしまったらごめんなさいね。若造の戯言だと思って許してね。
そうだ、このとき男性からリプライが来たんです。女のくせにホモ発言するなー、みたいな。大人しく消費されてろって言いたいんでしょうね、開いた口が塞がりませんでした。なんておぞましい人がいたんだろう! って。いや、笑い事じゃないですよ! なんか、生きてる次元が違うのかな? って思っちゃいますね、正直。向こうからすれば私の方が別次元 なんでしょうねぇ。
前置きが長くなっちゃったんですけどね、大部分の人は、自身の内包する差別と向き合う、って日常的にすることではないと思うんです。私も出来ているかって聞かれたら自信ないですし。先程の話にも、ホモという単語が出ましたよね。あれも蔑称じゃないですか。そういうのを平気で使えてしまう人はどうなんだろうとは考えます。……そういう人が身近にいたら? 勿論すぐに注意して直してもらいますよ。何が悪いのかって聞かれたらちゃんと説明します。それでも分かってもらえなかったら……うーん、どうしましょう。でも確かに「何が悪いのか分からないし自分はそう思わないので意見も言動も変えない!」って人は多いかもしれませんね。誰が何言ってもダメなときがあるのに、どうして私の言葉が万人に受け入れられましょうか。ええ、それでも、こういったものを時代のせいにするのはお門違いだし、しょうがないじゃ済ませてはいけないですよ。私より後の社会を生きる人々に息苦しい思いをさせたくない。私の言葉すら私に届いていないかもしれない、そんなオソロシイ こと、考えたくもないけど、そうしなければならないから。
最近、「これだからフェミは」って言われるんですけど、自分のことをフェミニストだと思ったことはないんです。あ、意外でした? あはは、お気になさらないでください。怒ってないですよ。
私の考えがすべてフェミニズムに通じているわけでもないですし。私みたいに良くも悪くも目立つような人間がいたらかえって迷惑かもしれないでしょ。それに、ひとつの肩書に縛られたくないんです。思想を掲げるっていうのは身分証明書を開示しているようなものだと思っていたけど、いつかそれが自分の首を絞めるやもしれませんから。ベン図ってご存知ですよね? 私なんかは複数の輪っかのココとココを跨いで、コッチとソッチもつまみ
食いして……とか。そういうタイプなんです。だからあんまり良くないかもしれないけど、
私の目が黒いうちは誰も傷付けることなく、踏み付けることなく、自分の考えを発信してい きたいですね。
え? スキャンダル? まさか! あるワケないでしょう。もう……。そもそも恋愛とか 興味ないです。本当ですよ!
昔、それこそ中学生の頃にお付き合いさせていただいていた男性を振ってしまっているんです。私がキスとか接触を避けていたから嫌われちゃったみたいで。やだ、なんか恥ずかしい。……それで? それでって言われても……、折角付き合っているのにキスもできないし、抱き締めようにもやんわり拒否される。彼はそれが気に入らなかったんでしょうね。俺のこと本当に好きなのかよ、とか、好きなら俺の気持ちに応えろよ、とかね。私だって頑張ったんですよ、言い訳がましいですけど。でもダメでしたねぇ。好きな人だからこそ、近付きすぎたくなかった。私にとっての愛情表現は「距離を近付けすぎないこと」で、彼にとっての愛情表現は「距離を近付けること」だったんです。たったそれだけ。それだけなのにす ぐ駄目になっちゃった。
自分が恋愛に向いてないことは自分が一番理解しているんですけどね……。今は好きな人もいないし、性的なことにも興味無いです。こういう意見の人はなかなかね、いらっしゃらないかもしれませんけど、数年後には「そういう考え方の人もいていいんじゃない?」くらいにはなっていてほしいなぁ。だから子供も産めないんじゃないですかね。両親からは孫の顔見せろって言われてるんですけど、結構キツいです。だから今のところ……は、ないですね。結婚願望も。私は自分の人生を少なからず苦しいものだと考えているので、子供には同じ思いをしてほしくないです。あと単純に自分以外の生命を気に掛けながら生きていける自信が無いです。あはは。いっそ女友達とシェアハウスとかしたいです! 子供は好きだ から、シングルのお友達とかもね、休日とか一緒に過ごせたら素敵なぁって思います。
あ、お茶お代わり要ります? 鈴木さーん、すみません、お願いします。ありがとう。……なんでこんなことを続けるのか、ですか。……うーん、こんなことっていうのは、なんで しょう、炎上してもSNSやめないとか、そういうことですか?
それとも言動? 両方ですか! なるほど、……それだったら理由はたくさんありますよ。でも一番は、そうだなぁ。私のアンチってたくさんいるじゃないですか。顔が嫌い、体形が嫌い、若いくせに生意気、思考がキモい、とか。十人十色多種多様様々な理由で私を嫌う人たちがいます。でもそれってどうしようもないことだと思いませんか。 顔も名前も分からない、好みだって分からない人たち。それなのに好みじゃないとか言われても困っちゃいますよ。合わせようがないでしょう。中にはね、ちょっとアレな話で申し訳ないんですけど、惨殺された女性のご遺体のね、写真が送られてきたりとか、脅迫状が届いたりとか。そういうこともちらほらあります。そういったもののほとんどは、すごく軽い気持ちなんじゃないかなって思うんです。私は顔も名前も実際に出しているけど、向こうはそうじゃないんですから。私が訴えない限り普通の生活を送れるでしょ? 多分大事にしないと思ってるんですよ。レベルで言えば小学生のイタズラと一緒なんです。嫌いな子の机の中に蝉の抜け殻を入れたり、靴を隠したり、そういうのです。インターネット上でもきっとそうなんです。お前の考え方が嫌 いだっていう理由で、危ない橋を渡れちゃうんです。
私からしたら、そういう人は逆子のようなものなんです。あくまで私の場合、ですよ。どうにかしてあげなきゃ、って。全ての人がアンチに優しくする必要なんてないです。それと同時に、アンチの声に耳を傾ける自由もあります。直してあげたいって思うんです。私の考え方に、じゃなくて、そういうことはしちゃいけないよ、とかね。これはこういうことでこれを差別しているから駄目ですよ。これはこういうことだから気を付けましょう。こんな風にね。
逆子って、なりたくてなっているわけではないでしょ? お母さんはストレッチをして、赤ちゃんがちゃんと頭から出てくるようにする。その方がお互いに楽だから。私はそれができるって考えています。私を攻撃する人もなにか理由があるかもしれないから。どこかに傷を負っているかもしれないから。それと一緒に向き合いたいんです。苦しんでいることにすら気付かない人だっている。それを引き出して、少しでも苦しみが緩和する道を探したい。だから、アイドルを辞めたらカウンセラーになりたいんです。そのためにSNSも辞めない。栄養分が必要ですもの。私も昔は無意識にたくさん差別をしてきました。差別だらけのこの世の中で生きていればそうなるもの頷けます。私は自力で社会の皺に気付けたけれど、一人ではできない人だっている。だからね、寄り添いたいの。差別をする人もきっとどこかで差 別されている、だとしたら私はその人を保護しなきゃいけないんです。
私は思い立ったらすぐパッと行動できちゃうし、傷付いてもすぐに立ち直るタイプなので、先陣切って色々なものと戦っていきたいなと思います! 特に、声を上げられない同年代の子たちの代わりに、何倍も何十倍も大きな声で問い続けます! フラワーデモにも参加しようかなって考えてます。より多くの人に養分を届けてあげる、それがきっと母胎の役 目ですから。少しでも楽な未来を出産したい。ただ、それだけなんです。

守光 水脈

「――続いてのニュースです。八月十日未明、守光水脈さん、本名藤原美緒さん十八歳が金属バットで殴られ殺害された事件で、警視庁は十三日、さいたま市の建築業、宮口達彦容疑者二十歳を殺人の疑いで逮捕しました宮口容疑者は、『アイドルだった守光さんと学生時代に交際していたことを公にしていたが、最近ネット上で守光さん本人に誹謗中傷され腹が 立ったので殺した』と供述し容疑を認めています。次のニュースです。……」

「守光ミオちゃんねぇ、最近人気出てきてたし、物言いもしっかりしてて好きだったのに。 ほんと許せないわ」
夏希がそう言いながら箸を割って弁当を食べ始める。昼の社員食堂、人は決して多くはないがほどほどの喧騒に包まれていた。
「さっき私が読んだニュースのこと?」
「そ。あの子のSNS見たことある?」
「……私あんまりアイドル興味無いんだけど」
「違う違う、普段話していることがちゃんとしてるの。若いのに女性差別に真面目に向き合ってて、殺害される前の対談が、……これ。」
スーツのポケットからスマホを取り出し、少しの間を置いてから、はい、と端末ごと手渡される。私は弁当の蓋を開ける間も無く、押しつけられたスマホの中身を覗くことになった。
若者向けのファッションサイトではなく、堅実なニュースサイトのトップを飾るのは可愛らしい、というより美人と言った方がしっくりくるような出で立ちの女性の写真。「『私にとっては逆子みたいなもの』新進気鋭の若手アイドル、守光水脈の語る社会の“今”」と銘打ったその記事は、既に閲覧数を二万まで伸ばしていた。
緩慢にスクロールしていく。確かに、かなりしっかりと受け答えをしている様だった。言葉遣いこそ若々しいが、何故だろう、あえてそのような話し方をしているような気さえした。クラスの一軍に馴染めるよう、わざと少し高い声で喋りカラコロ笑う女子高生のような。更に下の方までいくと、ふと指が止まる。
「この『中学生の頃にお付き合いさせていただいていた男性』って……」 卵焼きを咀嚼していた夏希が数度頷き、露骨な嫌悪感を眦に滲ませる。このテレビ局で働
き始めてから、夏希は一日たりとも弁当作りを怠ったことがないというのだから、すごいものだ。
「あの宮口よ。この記事のせいで、自分から守光を振ったんだって言いふらしまくってたんだけど、それが嘘だってバレて逆上したみたい。最低でしょ。……ミオちゃん、言動がすごく注目されていたからアンチも多かったんだよね。でもその分前向きに頑張ってて。差別と向き合う強さって素晴らしいのに、心無い言葉を投げ続ければ簡単に折れちゃうんだよ。今回は物理的に、だったけど。私も結構元気貰ってたんだ。ミオちゃんよりよっぽど人生やってきたのに、差別なんて気付きもしなかった。情けないよねぇ、なにしてんだろう。もっと リプとかしてたらなにか変わってたかな。そんなわけないか。」
応援してたのに、と細い声で呟く夏希。明朗な彼女が公衆でこんなことを言うのは至極珍しい。飲みかけの温くなった缶コーヒーをひとくち含む。ピンクベージュの唇の塗装が剥がれる。面倒だなぁと思案したそのとき、私のスマホが小さく震えた。昨夜のツイートに数件、リプライが付いていた。
「ツイフェミ代表守光まんさんが死んだ今のお気持ちをお聞かせください!」
「能無し膣フェミさん元気?」
知らないアカウント。初期設定のプロフィール。他人を躊躇いなく性器呼びする奴等がいる。他人の死を玩具にして楽しむ奴等がいる。
『差別をする人もきっとどこかで差別されている、だとしたら私はその人を保護しなきゃ いけないんです。』
夏希のスマホの中で笑う彼女の言葉がリフレインする。ああ、次は私の番かもしれない。
そう思った途端、嚥下したコーヒーがびちゃりと弾けて胃壁を汚した。