【優秀賞】「親心」

【優秀賞】(神戸市立兵庫商業高等学校第2学年 長谷田葵)

「親心」

部活帰り、九時前に最寄り駅に着いた。駅から家まで三十分程かかるため近くの公衆電話から母に電話した。ほぼ毎日のことだから「迎えに来て。」「了解。」これで電話を切る。いつも十分後くらいに改札口の横にある階段の下に車が来てくれる。マフラーに顔をうずめ、手はポケットに入れて小走りでその階段を降りていった。暗いし寒いしお腹はペコペコだし、とりあえず早く帰りたかった。階段の三分の一を過ぎたあたりで前に背の高い五十歳くらいに見えるおばさんがゆっくりゆっくり階段を降りていることに気が付いた。あまりにもゆっくりだから脚とか腰が悪いのかな、と気になってポケットから手を出して、おばさんの横まで行き様子を見た。おばさんはキャリーバックを前に両手で持ち一段ずつ降りていた。「持ちましょうか。」声をかけると驚いた顔で「いいよ、いいよ、すっごく重たいから。ありがとうね。」と。いいよ、いいよ、と言われたとき私はおばあちゃん扱いみたいで嫌だったかな、と思いやめようとした。けれど、すごく重たいから、という理由だったから「持ちます、持ちます。」と言って半ば強引に持った。それで良かったのか悪かったのかは分からないが、そこで「あ、そうですか。」と、重いと知っていてスルーできなかった。私の気持ちの面でも、おばさんの体の面でも、さっさと持って降りたかった。なにしろ寒いし暗いしお腹はペコペコだったし。持ってみると予想以上に重たかった。「何が入ってるん。」と気になったが一瞬で消えた。キャリーの車輪なんか一ミリも気にしていなかった。おばさんは重いことよりもキャリーの車輪が私の制服にあたっていることばかり気にして「制服が。」と言いながら手で車輪が制服にあたらないようにしてくれていた。私は汚れることなんかどうでも良かった。後でぱっぱってすればいいし家で制服を洗っているから。それだったら最初の断った理由の重い、ということを気にしてほしい、そのくらい重たかった。
階段の下まで行き「ありがとう。助かりました。」とおばさんはキャリーを後ろに両手で持ち坂道を上っていった。制服は全く汚れていなかった。しばらくすると母が車で迎えに来た。いつも通り「晩ご飯なに?」から始まって、おばさんの話をした。荷物が予想以上に重たくて少し焦ったこと、母は笑っていた。それから、制服が汚れることばかりを気にしていたこと、母は笑ったまま「ありがたい。」と言った。「親になったら分かる。あんたが自分で制服買って、自分で洗濯したら分かるんちゃう。」って続けた。そこでやっと、おばさんの行動が理解できた。なるほどな、おばさんも制服を汚して帰って来る子どもに困っていたんだろうな、と思っている間にも母は喋り続けていた。「制服って安い物ちゃうねんで。だから三年間着てもらわな。最後の最後、一番汚なくてよれよれになってる時に卒業式があるし。できるだけきれいに使っとかな。そやのにあんたは・・・。」説教になってきそうだったから「気い付けるわ。」とだけ言った。頭の中では中学時代を思い出していた。中学三年生の今の時期、グラウンドで友達と走り回っていた。雪が降って溶けたあとだったため地面がぬかるんでいて、一人の友達が滑って転けてしまった。その子のスカートは泥まみれになった。その子も友達も、男の先生もみんな大笑いしていたが女の先生だけ怒った。その次の日、泥まみれのはずだったスカートがきれいになっていた。今思うとその子のお母さんが苦労して汚れをとっていることが想像できた。卒業式も間近だったし。母親って大変だなぁ、と私はまだ他人事にしか考えられない。
中学・高校生には思いあたることが多いかもしれません。制服に付いてしまった汚れが気付かないうちになくなっていたり、取れていたボタンが朝起きたら付いていたり。親はそのたびにどんな気持ちで汚れを取ったりボタンを付けたりしているのだろう。呆れた気持ちかな、怒りたい気持ちかな、それとも昔の自分を思い出したりしているのかな。少し考えてみたけどさっぱり分からなかった。かといって聞いてみようとも思わない。遅かれ早かれ分かる日が来るから。
そんなことを考えているうちに家に着き、制服を脱ぎながら、「お腹空いた。早くご飯作って。」父は笑い母は「もう。」とだけ言い後は何も言わずご飯の準備を始めた。

≪講評≫荒瀬克己先生

あらためておかあさんの愛情と苦労について思いを巡らせた長谷田葵さん。まだよく分からないということだが、文章からは感謝の気持ちがさわやかに伝わってくる。駅を出てから自動車内、そして帰宅直後までのできごととやりとりと自分の思いが、テンポよく描かれている。そのよさを大切にしつつ、推敲を重ねることによって、さらに鮮やかな文章を書いてほしい。