【エッセイ部門・最優秀賞】音楽と読書

新潟県立長岡高等学校第2学年 齋藤 淑人

「夏風邪が一向に治らない。」
二〇一一年八月、喉の不調を訴える私に向かって、母は厳しい現実を突きつけてきた。誰もが通る道だと言えばそれまでなのだが、当時十歳の私には、あまりにも受け入れがたい宣告だった。その夏、私の喉は、少し早めの変声期にさしかかっていた。
間も無くして始まった新学期。恐る恐る、教室へと足を踏み入れる。すると、私は案の定、クラス内で「浮いた」存在として迎えられた。単に笑われるだけならまだ良かった。だが、声真似をされることや、気持ち悪い、とストレートに言われることは、正直辛かった。そして何よりも耐えがたかったのが、音楽の授業だ。合唱練習のパート割りでは先生を煩わせ、いざ歌うとなれば、隣の生徒から煙たがられた。私は、水中から顔を上げてやっと呼吸をするような思いで、そんな毎日を息苦しく過ごしていた。ふと気付けば、仲間から、音楽から、声という一つの現実から、どんどん遠ざかっていく自分がいた。
そんな私が、まるで音楽教室から逃げるように通った場所がある。学校の図書室だ。声を出す必要が無いから、そこにいる間は悪口から解放された。唯一あったのは、誰かを不必要に傷付けることなど決して無い、本の中の言葉だけだった。私は新しい友人を見つけたかのような心地で、読書に没頭していった。
しかし、中学校に進学した私は、読書に必要な何かを見失ってしまった。字面を追おうと焦るあまり、肝心の内容が頭に入ってこない。考えてみれば、これまで自分はどうやって言葉と向き合ってきたのだろうか。意識すればするほど分からなくなり、次第に、文章を読むこと自体を億劫に感じるようになった。同時に、せっかく手にしたものを手放す、そんな口惜しさにも私は苦しめられた。
そんなある日、父は私に、一本の使い込まれたフォークギターを手渡してきた。「スポーツをしなさい」、「英会話を習いなさい」。過去、父の数多くのアドバイスを無視し続けてきた私は、丁度良い落とし前になれば、という思いから、早速そのギターを弾き始めた。
父の購入から四十年近く経っているというのに、故障や傷跡の一切無い綺麗なギターだった。弦は定期的な張り替えがなされており、ボディの表面も丁寧に磨かれている。音楽を毛嫌いしていた私だったが、隅々まで手入れの行き届いた楽器に触れるその時間は、ただ単純に心地よく感じられた。私は次第に、音楽が好きになっていった。
その日から今日に至るまで、私はずっとギターを弾き続けている。指で伴奏を弾き、それに合わせて歌を口ずさむうちに、楽曲の歌詞とは不思議なものだ、と感じるようになった。ただ文字に起こすだけでは少し恥ずかしいような感情でさえ、音の連なりに乗せることによって、堂々と表現できてしまうからだ。
そんなことを考えながら、私はふと思った。
「言葉とは、人が考えているものなのだ。」
これまでの私にとっての「言葉」とは、教科書や文庫本を開けば載っている、あるいは、教室や街中でどこからか聴こえてくる、あくまで受動的なものに過ぎなかった。まるでベルトコンベアのごとく流されてくる言葉。その丸呑みを続けてきた私は、音楽を通して実際に言葉を発し、込められた意味を咀嚼することで、そんな当たり前のことにようやく気付くことができたのである。
その発見は、私に大きな副産物をもたらしてくれた。本を開き文章を前にした私は、「作者の存在」をイメージしてみた。名文とよばれるどんなに格調高い文章も、必ず作者が何らかの意図をもって、一見泥くさいような試行錯誤の上に書き出している。そう想像した途端、文章そのものが身近に感じられ、以降、本を読むのが楽しくて仕方が無くなった。句読点がリズムとなって、自分の感覚に響いてくる。まるで好きな曲を聴くように、気に入った文章は何度も読み返す習慣ができた。現在、私の部屋のギタースタンドの横には、付箋だらけの本がぎっしりと並べられた、大きな本棚がある。音楽を通して悩み、自分なりの向き合い方を掴んだ経験が、私に読書の楽しさを思い出させてくれたのだった。
音楽は時代の目次だ。思い出の背景を彩ってくれることもあれば、時間が経ってから、ふとしたきっかけでその詞が浮かぶこともある。また、自分の抱える悩みを代弁されているような気がして、感動させられることもあるだろう。そういった特徴は、まさに読書の醍醐味そのものと一致するのではないだろうか。小学生の時に比べ、自分を取り巻く環境はより広く、抱える悩みはより複雑になってきている。そんな今だからこそ、音楽と読書、それぞれの言葉の助けを上手く借りながら、目の前の現実と向き合っていければと思う。変化に流されるのではなく、自分が変わる。その大切さを教えてくれたこの声とも、今年でもう八年目の付き合いだ。