【エッセイ部門・優秀賞】笑うすみ鬼

岩手県立盛岡第三高等学校 第2 学年 笠井 太郎

 修学旅行の三日目、奈良の法隆寺。正岡子規の俳句で有名なこの寺は、私の修学旅行の中で特に気になっていたスポットだった。
 他の寺に比べて、法隆寺は百済の影響がかなり色濃く残っている建築物だ。いくつかの建物の屋根には青銅の装飾が施されており、非常に目を引いた。
 そんな法隆寺の中でも、私が特に注目したのは、やはりあの有名な五重塔だった。現存する最古の木造建築物ということもあり、法隆寺の名物となっている。
私は初め、五重塔の高さに圧倒されてしまった。後で聞くと、高さは三十二メートルもあるという。当時の技術に舌を巻くばかりだった。
 自由時間に五重塔の周りを見て回っていると、少し変わったものがあることに気がついた。目を凝らしてみると、一番下の瓦ぶき屋根の角の下の位置に鬼の木彫りの像があったのだ。鬼は腰を下ろし両膝にこぶしを乗せ、頭で屋根を支えていた。どうやらそれは、屋根の隅に一体ずつ、計四体いるようだった。
 この四体の鬼は、すみ鬼と呼ばれる魔除けの像で五層の瓦屋根を支える柱として使われているそうだ。一つずつ見て回ったが、彼らの姿は罰を受けているようで、その表情は重い屋根に押しつぶされまいと歯を食いしばって苦しんでいるように見えた。
 ところが、その中で一体だけとてもうれしそうに笑っている鬼がいる。その鬼はにんまりと大きく口を開け、目は笑い過ぎて涙が出てくるのを堪えているかのようだ。鼻の穴も大きく膨らんでいる。大声を出しているようにも見えた。私はその鬼はどうして笑っているのだろうと不思議に思った。
 他の鬼を見ると、歯がはっきりと見えるくらいに食いしばり、頭だけでなく両手で屋根を支えている者もいた。それだけ屋根が重いのだろうと気の毒な気持ちにさせられる。五重塔の屋根五枚の重さを支えるのに、笑っている余裕などあるわけが無い。この鬼を彫った人は何を思って一体だけ笑顔にしたのだろうか。その疑問は解決されることなく、私の中で渦巻くばかりだった。
 京都と奈良では、鬼を見る機会が多かった。魔除けに鬼瓦を使っている建物が多かったからだ。特によく覚えているのは、京都の龍安寺の本堂の中で見たものだった。屋内に置いてあり、とても近くで見ることが出来た。その鬼瓦は大きさこそ無いものの、装飾の少ないシンプルな見た目と怒りの表情とのバランスがよく、作成者の高い技量が窺えた。ちなみに、屋根の隅の部分につけられる鬼瓦を特にすみ鬼と呼ぶそうだ。名前が被って紛らわしく感じる反面、このような共通点を見つけるとうれしくもあった。
 しかし、鬼を厄除けに使っているところはよく見たが、どの鬼も怒った表情をしていた苦しそうな表情をしている鬼はほとんどおらず、まして明るい表情をしている鬼は一体も見つからなかった。すみ鬼がなぜ笑っているのかは作った本人に聞くしかなく、その人と会うには時間が経ちすぎていた。
 旅行から帰ってきた後も、度々私の頭にはあの鬼のことが浮かんだ。ふと思い立って、妹にその話をしてみることにした。すると妹は、
「その鬼は厄除けのためにあるんでしょ。きっとその鬼は苦しそうな表情をするより、楽しく笑っていた方が悪いものも寄ってこないって思ったんだよ。ほら、悪霊とかも強い鬼が楽しそうにしているとびっくりして近づきたくないって思いそうじゃん」
 と答えた。これは私がいくら考えても思いつかなかった答えだ。私は妹の発想の豊かさにすっかり感服した。
 そして同時に、私は笑うすみ鬼の聡さに非常に心を揺さぶられた。鬼瓦などの他の鬼たちは、怒った表情をすることで厄をはらおうとしていた。だが、この鬼は他の鬼が苦しみ泣き叫びそうな状況下であえて笑うことで厄をはらおうとしたのだ。そう考えると、笑うすみ鬼がいかに知性的で力強い鬼なのかが良く分かる。座った姿勢のまま頭で屋根を背負い、首が肩よりも低く沈み込んでしまいそうな状態でも笑顔でいられる。そんなすみ鬼は、私も彼のような男になりたいと思わせる力を持っていた。一緒に法隆寺を見て回った仲間に聞くと、そんな鬼には気がつかなかった。よく見ているなと驚かれた。私だけがすみ鬼の顔を知っている。そう思うと少しだけうれしく感じた。何事も笑って乗り越えられる男になりたい。すみ鬼を思い出すたびその気持ちが湧き上がった。
 ふと南を向くと、ふっふっふという笑い声が聞こえた気がした。