【エッセイ部門・優秀賞】ホットココアを飲みながら

私立済美高等学校 第2 学年 中西 桜

「お母さんもディズニーランドに行った方がいいよ。」何気なく発した一言に思いがけない言葉が返ってきた。
「じゃあ十万円くれますか。」
 私は今年の秋、高校の修学旅行でディズニーランドに行った。去年の春から始まった高校生活は、忙しく、何もかもがあわただしかった。進学校ということもあり、勉強は厳しく難しい。学校は行事も盛んで、高校野球は二年連続甲子園に出場した。そのお陰で、夏休みに何回も甲子園に応援に行った。勉強時間が削られ、さらに時間に追われることとなった。それは誇らしいこと、嬉しいことのはずだったが、私は甲子園のどこまでも青い空が恨めしかった。
 そんな中、修学旅行で行ったディズニーランドは私の心のオアシスとなった。実は、行く前の気持ちは少し冷めていて、この忙しい時期にわざわざ遊園地に行くなんてと思っていた。ところが、ディズニーランドは本当に夢の国だった。一体何が良かったのか。うまく説明ができない。しかし、一度でもディズニーランドに行った人ならばきっと解って貰えると思う。アトラクションの待ち時間が七十分でも、時々小雨が降る悪条件でも全く気にならなかった。
 帰りの時間が迫り、夜のディズニーランドを背に歩きながら充実感と幸福感、そして強烈な寂しさが心の中で入り混じり、思わず目に涙がたまり、そしてなぜか幸せな気分で笑っていた。
 修学旅行から帰ってからも、ディズニーランドがどんなに楽しかったのかを母にことある度に何回も話をした。そのたび母は「良かったね」と相槌を打ち楽しそうに話を聞いてくれていた。
 修学旅行が終わると、忙しく余裕のない高校生活に戻り、充実感のない毎日を積み重ねていた。しかし私にはディズニーランドの思い出がある。ディズニーランドを思い出す度に元気になり幸せな気分に浸ることができた。またあの場所に行きたい。そう思うだけで味気ない今日を頑張ることができた。
 先週の土曜日のことだった。この日は朝から雨で母に車で学校に送ってもらった。母もそのまま仕事に行き、学校が終わる時間に合わせて、帰りも車で家まで送ってもらった。土曜日は三時からは英語、八時からは数学と一日二回、異なった塾に通っている。塾の合間に食事を摂り、塾や学校の宿題と予習をこなす。正直しんどい。高校に入学してからこんな生活が続いている。塾が家から遠いため行きも帰りも車で母に送ってもらっている。
 そんな土曜日の夜「今日はしんどかったわ。」と母が言い、何となくしんどかった話をしていた。会社でしんどかったこと。渋滞がひどくてしんどかったこと。遅い夜ご飯の皿を洗いながらいつもと同じテンションで今日の出来事の報告会を兼ねて母と話をしていた。私はデザートのプリンを食べていた。私もしんどかったから、二人で「しんどいね」が一致して、しんどいねと笑い合いながら二人で話していた。
 私から見た母は超合理主義的な人といったイメージがぴったり。何事にも即決、即断。ブレがない。気に入ったズボンを同じ色で三本買う。「毎日同じ服を着ていると思われるから、せめて色をかえたら。」と言う私のアドバイスはいつも却下され、黒い色のズボンしか穿かない。気に入ったらまとめて三本買う。いちいち買いに行くのは時間が勿体無いからというのが母の言い分だ。母がスカートを穿いた姿は、もう十五年は見ていない。
 そんな無駄のない生活を送っている母に
「お母さんもディズニーランドに行った方がいい。」と何気なく言った。いや言ってしまった。ディズニーランドは夢の国、行けばきっと母も笑顔になるはず。そう思って発した一言に「じゃあ十万円くれますか。」と母は答えた。表情を変えずにごく普通の感じで。
「えっ。」そう返すのが精一杯だった。私はバイトをしていないから自分のお金は持っていない。お年玉は、私名義の通帳に母が貯金し、「使っていいよ。」と言われているがそのお金も自分のお金とは言えない。「使っていい十万円と有給休暇が三日あればお母さんだって行ってみたいのよ。あなたが私に行った方がいいよって言うのなら十万円くれますか。そうでないなら、行った方がいいよなんて簡単に言わないで。」母は怒ってはいないし、悲しんでもいないことはわかっている。その証拠に「ココア入れましょうか。」と聞いてきた。いつか私は働いてお金を貯めて自分のお金でディズニーランドに行きたい。その時は母も一緒に行ってくれると思う。その時になって初めて、母が私のために苦労して働いてくれていたことが分かり、軽い気持ちで言った一言に反省した。
 ココアが胸にしみて少し私は大人になった。