優秀賞  My room

 

優秀賞  My room     愛媛県立南宇和高等学校2年 井上 優香

 

自分だけの部屋というものが昔から欲しかった。家の部屋数から考えて叶うはずのない願いだ。
堪らなくなった私は、ついに空想の自室を作った。犬がお気に入りのおもちゃを小屋に集める
ように、私は私がこよなく愛するものを、その部屋に詰め込んだ。要した時間は学校の休み時間
一回分。僅かな仮眠と引き換えにしても惜しくないほど良い部屋ができた。

まず、そこは西向きで畳の敷かれた場所だ。すこし埃っぽく、壁が土壁であるとなお好ましいだろう。
夕暮れのころ。外の世界で氾濫するひかりを遮るカーテンは、黄色以外ありえない。繊維に漉され
た黄金のひかりは純化され、さらにカーテンの色と相まって濃やかになる。そうして畳にこぼれた
西日は格別とろけるような蜂蜜色だということを、私は知っているからだ。

部屋そのものは狭くてかまわない。むしろほどほどに狭く、窮屈に思える方が逆にしっくりくるかも
しれない。身の丈に合わないダンボールに入りたがる猫のような心地で思う。

畳に不釣合いかもしれないが、ちいさなベッドを置く。ぱりりと糊のきいた白いシーツは清潔な
つめたさを持っている。布団と枕カバーはおそろいの淡い菫色。敷き布団で十数年寝起きを
してきた私にとってベッドは憧れの象徴そのものだ。そして安楽椅子。物語に出てくる知恵者
のようなお婆さんが編み物をしながら座る、あれだ。私は安楽椅子に腰を掛け、ゆっくり舟を漕ぐ。
まぶたを閉じれば、小波に漂う心地に違いない。私はそうして何をするでもなく無為に時を重ねる。
それはなんと幸福なことだろうか。

壁際にはおおきな木製の本棚を鎮座させてやる。本好きの欲求を包み込む、天井まで高さがある
ものだ。もちろん棚にはぎっしりと本を納めてある。熱に浮かされたように貪り読んだ森茉莉に川端康成。
宮沢賢治や、泉鏡花、椋鳩十の全集。喉から手が出て、窒息してしまってもかまわないほどに
欲しかった鉱物の図鑑。学生の財布では手に入れることが叶わず、それでも読みたくて文庫本で
妥協しようとしたものの単行本。繊細なタッチが魅惑的であった、題名を忘れたバレリーナと桜と兎
の絵本。それが本棚に並んでいるのだ。

欲の限りを尽くしたために納めきれなかったものは、畳の上に山を成す。山はいくつも連なり、
やがては世界で一番いとおしい本の山脈をつくりあげる。部屋を満たすのは、きっと新書と古本が
等しく混ざり合ってできる甘く芳醇な匂いだ。

部屋の隅には小型の冷蔵庫。冷蔵庫が問題なのではなく、中に入るものが最も重要だ。板チョコは
もちろん、ソーダ水は常備しておきたい。飲み物ということが惜しまれる、あの液体。きっと飲み物で
なければ、天の川の水であったようなあれを注ぐ器は、紺瑠璃の硝子コップでなければならないと思う。
なぜかと聞かれても答えることはできないけれど、ソーダ水は紺瑠璃の硝子コップに注がれるべきだ。
ゆえに白や桃、淡いむらさきで揃えるはずの私の食器棚には永遠に色の調和は訪れない。

僅かばかりの衣服をしまう箪笥は膝ほどの高さの、飴色の平箪笥だ。きっと収集品のマニキュアを
並べる、いい台になる。マニキュアは私の爪を彩らない。その部屋では観賞用として私の目を楽しま
せるためだけにある。かたちの良い爪を持ったお姉さんに買ってもらえたらよかったのにね。彩ること
を目的として生まれてきたのに、私が手に取ってしまったばかりに一度も使われない化粧品。
少しかわいそうだなと思いながらも、私はきっと正しく濃淡をそろえて飴色の台に飾るのだろう。

マニキュアにとどまらず、口紅なども色のある限りを集めたい。飽くことなく収集癖を発揮させ、
千代紙や簪、あどけない不透明さを残す鉱石、モルディブの海を模したような紺碧の蝶の標本。
ありとあらゆる瞬間に心を奪われたものをその部屋に放り込む。取れるはずのないラムネ瓶の薄青い
ビー玉も、もちろん忘れる私ではない。

この部屋で唯一のいきものである金魚は宙に放った。というのも、先に挙げたもので水槽を置く場所が
ないのだ。絹の高級レースを縫い付けたようなひれを持つ土佐金。彼は飛ぶように泳ぎ、部屋を自由に
巡る。本の山々に潜んでみたり、マニキュアや千代紙と色合わせをしてみたりしながら。彼の黒い
ひとみに映る万華鏡のような私の部屋は、何よりも眩いことだろう。

 

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作品に対するコメント
津村記久子さん(小説家 2009年芥川賞受賞 国際文化学科卒)

井上 優香さんは、非常に自分の世界というものを持っていて、書くことが好きなのだなということが
伝わってきました。